随筆 食い倒れ京に行く
By 上野山 謙四郎 さん

 戦時中の食糧難時代に成長期を過ごしたせいか、私は滅法口が卑しい。 美味しい物にはすぐ目が行き、食べたいそぶりが顔に出る。幼いころはすき焼きを盛ってくれた皿を覗き、一番好きな肉は横にどけておいて野菜から先に食べた。 今は健康上からほとんど野菜ばかりをつまむが、本当は肉ばかり食べたい気持ちでいる。
 その食い意地の張った私が、近頃赤提灯に出かけるのはたいてい和服だ。 冬場は結城や大島に羽織を引っ掛け、暖かくなると単衣(ひとえ)に下駄履きで飲みに行く。 酒は和服に限る。
 ところが今年は異常暖冬で、5月からもう夏のような暑さだ。単衣ではもう汗ばむし、さりとて梅雨もまだ明けないのに浴衣は早すぎる。
 ちょうど週末に学会が京都国際会館であり、家内も出席するから一緒に行こうという。 ホテルはもう予約したとのことで(つまり家内が払う)、では私もフランス料理など呼ばれようと出かけた。
 学会で勉強するのはもうこの齢ではどうでもよく、それよりも夏に着る和服をひとつほしいと思い、着倒れの京都にはるばるお出ましとなった。
 以前は京都に行くのに、田舎からはJRを何回も乗り換えて、行き着くまでが大変だった。今は関西空港から特急で一時間と少しで到着する。便利になったものだ。
 京都駅の立派な新築ビルに入ると、名物になっている10階までの大階段には若者たちがぎっしり座って、ステージの演奏を待っている。 私はエスカレーターで上り、9回のデパート呉服売り場に行く、
 着物を優雅に着こなしたお嬢さんが相手をしてくれた。
「申し訳ございませんが、こちらには男物はただいまご用意してございません」
 どこのデパートでもそうだ。東京の本店にはあるという。関西軽視もここに極まる。
 やむなく雑誌にあった「京都のきもの屋、四君子」を捜してタクシーに乗る。「四君子」とは、墨絵の起源に出てくる中国の言葉で、松竹梅に蘭が加わった四種の植物だとは最近知ったばかり。
 店は難なく見つかりタクシー代は900円ですんだ。わかりやすい場所にあり、由緒ある京の大店といった風情だ。後ほど聞いたところでは、築後130年で文化財になりそうな建築だという。入り口すぐの帳場には京風美人がもちろん着物姿でお出迎えだ。
 「どうぞご自由にご覧ください。奥にも展示してございますので」
 入り口付近には和服関連の小物がどっさり並べてあり、蛇の目がさまであった。着物は今は夏物で、朝の縮みや絽(ろ)の生地がある。奥の座敷にはさらにたくさんの仕立て上がりが衣桁(いこう)にかけられている。目が迷ってしまう。
 そこへ店の主人と思しき男性が、これは夏物をきっちりと着こなし、角帯を貝の口に決めて現れた。
 たちまち目の前に夏物の仕立て上がりがどっさり並ぶ。このお店の特徴は、洋服と同じようにML寸などの既製品が多数あり、着丈のみの調整で早ければその日に持って帰れるそうな。
 鏡の前に立たされ、いくつか試着をした挙句、気に入ったのは細かい縞柄の麻縮みだ。ついでに細めの新型下駄を買う。これは裏にゴムが這ってあり、音がしない。
 このお店では、客にお薄が振舞われる。落雁のお菓子もついている。
「この下駄なら、足袋をお召しになってホテルでもお出かけになれますよ」
 おだてられて、すぐその気になるのが私の悪い癖だ。今度は草履でなく、色足袋にこの下駄で行くことにしよう。夏物の似合う若い彼女でも見つけて一緒に関西空港のレストランでご馳走を食べワインを飲んだら素敵だろう。あいも変わらず、けしからぬ妄想にふける不良老年だ。
 もうすぐ梅雨になる。帰ってきてから思い出した。男用の蛇の目傘を買うのを忘れた。これは売っている店があまりないので、チャンスだったのだ。また今度行こう。
 冬は袷(あわせ)で一杯飲み、暖かくなれば単衣でまた一杯、そして今年からは夏に麻の縮みで一杯飲む。
 残りの人生を豊かに楽しもう。
上野山 謙四郎 さんからの随筆第二弾、いかがでしたか?「酒は和服に限る。」名文句ですね。こんな一言を聞くと、ついつい和服を着て日本酒で一杯やりたくなりますね。冷やで一杯なんて最高だなあ。




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