随筆 買い物
By 上野山 謙四郎 さん

 正月に寝そべってテレビを見ていたら、新劇の中継があった。出し物は「芸者梅吉」という。美人の売れっ子芸者が、何の因果か遊びで勘当された若旦那を抱え込み、お座敷で稼いでは、この男を養うとの筋書き。主演の美人女優の名は見逃して残念。
 居候の若旦那を演じるのが、テレビでお馴染み山城新吾。これが、お笑い番組専属タレントと思いきや、年季の入った役者でびっくり。
 劇の進行は、良い旦那が付く邪魔になってはいけないと、梅吉の幸せを祈って、この若旦那が家を出て身を隠す。時代は明治か大正か。
 最後は雪の降る場面で、梅吉が蛇の目傘を掲げながら、去って行った男を偲ぶ科白と共に幕。
 良かったですねえ。こういう人情物は大好きだ。芸者に居候して養われるなど、男にとって最高の本懐ではないか。
 この劇では、筋書き、科白、背景もぴったりだったが、着物が良かった。
 もちろん女の衣装も素敵だが、渋い好みの男物が印象に残る。
 古いアルバムに、河本正次郎教授が着物姿で、手術をしている写真があったのを思い出す。明治時代は手術室にも着物で入ったらしい。不思議に古い風景に合っていた。
 私もあんな着物が欲しい。男が立ち上がって家を出て行く際に、ひょいと羽織を引っ掛け、紐を結びながら格子戸の方に歩く。私も、一重ねしかない大島の羽織で、紐を結んで真似したが旨く行かない。俳優が歩きながら、格子戸の手前でちゃんと結び終わる手際など見事なもの。科白と演技の間がぴったり合っている。
 あれは何と言う生地だろう。ちょうど辛子(からし)色とでも言うのか、濃い黄色の艶のない生地だ。この前、大阪北のデパート呉服売場で見た。
 何処でもそうだが、女物の呉服は沢山陳列している。しかし男物はごく少ないか、全く見掛けない。つまり需要が無いのだ。それだけに、和服の男は希少価値がある。
 早速、そのデパートに行く。呉服売場の手前に陶器の展示場があり、ちょうど理想型の老人が歩いている。齢のころは七十くらい、渋い感じの鼠色和服コートを着ている。下も同系統の着物だろう。そして共色の宋匠頭巾を被り、足許はと見れば、白足袋に雪駄で固めた完璧な姿。
 私もそっくりさんにしたいが、どうやらお茶人かお寺の関係らしい。貫禄が違う。
 さて問題の辛子色の生地だが、陳列にはない。係員に尋ねると、あの生地はもうございませんが、似たものが、と出してきた。が、どうも前回と違う。手触りも気に入らない。帰ろうかと思ったら、こちらにも、と勧められる。奥に行くと、引き出しからどっさり出して並べた。つい目が引かれるのは男も女も同じ。
「これは結城でございます。生地は少し粗うございますが、暖かくて宜しうございます。大島をお持ちでしたら、こういう結城もお一つ如何でございますか?」
 巧みな店員の口車に乗せられ、薄茶色の細かい模様が散った生地が気に入り、衝動買いをしてしまう。
 さて、この結城には羽織がもちろん付き、裏地も選ぶことになる。ちょうど共色で、江戸時代下町風景の柄があった。これを指定し、次には寸法を取る。尺寸で測るが着物はクジラ尺。若い世代は知らないだろう。尺寸には二種類ある。曲尺(かね尺)と鯨尺だが、子供時代、物差しに二種類あって、まごついた事を思い出す。
 仕立て上がりは一月先になるとか、楽しみに待とう。帯は家内の父が遺してくれた三尺がある。
 問題は、出来上がった結城を着て何処に出かけるかだ。学会は無理だろう。
 こんな着物が似合うのは、お茶屋で芸者と一杯飲むことだが、田舎の町にはそんな気の利いた場所はない。宝の持ち腐れに終わるのか。
 余命ある間に和服の生活も楽しみたい。暖かくなったら単衣(ひとえ)も作って下駄履きで出掛け、焼き鳥で一杯やろう。
 じゃりん子チエのような店があるだろうか。          (平成9年2月記)

上野山 謙四郎 さんからの随筆第三弾が届きました。これを執筆されたのは平成9年2月とありますから、この時お作りになられた結城紬はすでにご愛用のことと思います。さて、どんな場所に着てお出かけになられたのでしょう?




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