呉服屋さんからの感慨深い手紙 1999/03/01

By 深谷 俊二さん

今回は、長年呉服屋を営んで来られた方から頂いた、一通の感慨深いお手紙をご紹介します。売り手側の方に、同じ想いを持つ方がいらっしゃるというのは、大変心強いことでもあり、とても嬉しく思います。「同好の志」と想いを共有し、そしてそれを確認できることは、お互いにこの上ない喜びであり、非常に勇気づけられるものです。これらのことは、大げさに表現すると一種の浪漫とも言えますが、こうした出会いが縁となり、新たな道を開いて行くことに繋がってゆくことを望みたいものです。皆さんは如何お感じになりますか?

早坂 伊織 様拝啓 私は目黒・祐天寺にて呉服屋を35年ほど営んできましたが、この長期の「きもの不況」には全く参りました。私と同業の仲間も一人減り、二人減りの中を、少々の孤独を唯一の友とする日々が続き、ここ数年は気持の滅入る日々の連続でした。私達の業界は長い間の歴史を背負って今日まで続いてきました。この歴史は1500年にも及ぶ程の永さに及びます。此れほどの永さの有る業界もあまり無い様に思われます。私達の業界の不況はここ近年の生活習慣の変化、きものに対する価値観の変化、主たる購買層の高齢化など例を挙げれば枚挙に暇が有りません。こんな書き出しでお手紙を差し上げるには私としても少々気が引けて、読む貴方に対し愚痴のようで申し分けなく思います。私もこんな状態の中を何時までも仕事として続けられるか不安が有りますが、先日インターネットで「男のきもの大全」を見つけ、私の求めていた仲間が未だこんなに要るんだと半分驚きと、半分感激と、何とも言えない気持に成りました。私にとって「きもの」は仕事としてはもう見られないかも知れませんが、逆に50歳を過ぎ「きもの」に対して熱い気持が湧いて来ています。貴方が「衣装と衣服の違い」を端的に述べていましたが、正に同感ですし、実に正確に理解をしています。そして実に丹念に「きもの」を研究と云いましょうか、勉強と云いましょうか、真摯に向き合っている様に拍手をお送り致します。そして、多くの場合「きもの」が手段として用いられ目的ではない現状にも私は懐疑の念を消せません。この手段とは茶の湯をやるから「きもの」を着る、邦楽をやるから「きもの」を着る、等其の目的のための手段として着用をする事は裏を返せば、目的が無ければ着用をしないという事に成ってしまいます。この事が如何にも、真に「きもの」を着る云う行為から少しずれているとの感が有ります。貴方達の会は唯「きもの」を着る事に喜びを見つけ、日々の生活に彩りを添え、精神的な充足感を味わい楽しむ所に、大きな手段と目的との違いが有ります。私の周りにも「祭り」好きな人は多くいますが、祭り時ばかりに「きもの」を着て、それ以外は着用をしないと云う人達で、多くの場合は半纏のみですが、何か急場ごしらえの俄日本人で、私には何処かげ解せない感が拭えません。「生活」とは其の人の人生観が滲み出てくるものと理解をしていますが如何な物ですか。そんな訳で私も是非貴方達の仲間に入れて頂きたく思います。私は仲間に入いる条件として、「きもの」の販売・勧誘などは一切行わない事をお約束致します。啓蒙という言葉は大袈裟過ぎますが、私の願いは多くの仲間ともっと語り合いを持ちたいのです。そして今の時代に古典を生活の場に取り込める「こころ」を大事にしたいと常々思います。古典を生活に取り込むとは実利・実益からは遠くに離れています。しかしこの離れている所にこそ情緒・感情・思いやりが有るのです。そして楽しさが有るのです。この楽しさが仲間を募り、生きる喜びなのです。現在私は自営業で比較的自由時間が有りますので、ここ数年は(財)アジア民族造形学会会員として活動をして来ました。去る1月に品川にて「風流子の会」を立ち挙げてきました。民族を生活の歴史を通して考察する事を旨としている会です。この会は多少学術的なメンバーですが中々に楽しい文化サロンです。でも貴方の立ち挙げた「男のきもの」サロンとでも云いましょうか、何だか判りませんが、男の集まりにも大変に大きな思いが有ります。何時かは「男のきものサロン」みたいな物を立ち挙げたいと朧げに思いを入れていましたが、仲間を集める手段・方法が判らずにいました。と申すのも私は昨年12月からパソコンを始めたばかりなりで、パソコン暦3ヶ月の幼稚園児、否、乳飲み子なのです。「嗚呼もっと早くにパソコンを勉強をして置けば」との思い頻りです。現在もやっとEメールが出来るように成ったばかりです。余談ですがパソコンは面白いとでも云いましょうか、便利とでも云いましょうか、兎に角、遣らなくてはの思いです。本題に戻ります。私のこの思いを同業者の人ではなく、「同好の志」がこの企画を立ち挙げた事に深く感謝の意を述べると共に、感謝の意を形として是非協力をしたいと思います。私の経験が少しでも皆様のお役に立てればと思います。話は長くなりますが、「忘年会」の写真は面白いです。写真から熱気ともパワーとも云い難い、汗の滴を彷彿と指せるエネルギーを感じます。南氏の又旅姿は昔三本¥1000円の料金でやっていた地方の映画館の大分くたび草臥れたポスターを思い出しました。それも半分以上壁から剥がれかかっていた、ポスターです。其のポスターには近日上演、昭和30年吉日何かの文字が書かれて、剥がれたポスターの糊が茶色に変色しているポスターです。歌舞伎の名台詞、しらいごんぱち白井権八「お若いの、お待ちなせい」。そしてもう更に一人、カウボーイハットのお兄さんにも拍手をお送り致します。これは昭和40年代かな、否、もっと旧く明治の川上音二郎の「おっぺけケー節」を連想させるスタイルで珍奇な味を出している事、請け合いです。人其々が思いの形を現し、思いのたけ丈を語り合う事こそ楽しく晴れやかであり、そして賑やかで有ります。それでは今後とも宜しくお願い致します。  敬具
深谷 俊二 (昭和22年生)   ・(財)アジア民族造形学会会員
  ・(財)日本余暇文化振興会
  ・相同宗 金剛寺世話人
  ・祐天寺商店会理事
  ・<きもの専門店>ふかや代表 fuuryusi@po.jah.ne.jp