出版こぼればなし
「男、はじめて和服を着る」を出版した時の裏話です。
ファースト・コンタクト
ホームページの「お便り」のページから送信された一通のメールがコトの始まりでした。2000年5月16日に届いたそのメールは、光文社新書編集部の担当Mさんからのものでした。ネットサーフィンをしていて、このページを偶然見つけ、このHPをベースに「男のきもの」をテーマに一冊書いてみませんか?とのお誘いを頂いたのです。もちろんOKの返事を出しました。本を出すチャンスなんてそうそうありませんから。5月末に上京した時、光文社を訪れ、担当Mさんと編集長さんにお会いして、お話がかなり本気らしいということを確認することができたのですが、その後、具体的な話として進み始めたのは、7月末になってからのことでした。
光文社
今回本を出版させて頂く事になった光文社さんは、女性自身やFLASHなど有名雑誌もたくさん持っているところで、新書判にもカッパブックスという有名なシリーズがあります(「頭の体操」や「NOと言える日本」などのベストセラーも多数)。今回それに加えて、20代後半から30代のビジネスマン向けに、もうひとつ別の新書のシリーズを立ち上げる計画があるというお話で(昨年10月に創刊された「光文社新書」がそれです)、そのラインナップの一冊にということでした。
どんな本にする?
個人ホームページと違って、書籍出版はビジネスですから、編集担当氏と相談しながら、かなり綿密な検討を重ねました。読者としては、やはりきものに興味を持っている人、これからきものに挑戦してみようと思っている人を選ぶのが自然であるということで、入門書的な位置づけを希望されました。ただし、単なるマニュアル本ではつまらないので、読み物としても楽しんでもらえるような構成と内容を考えました。また、入門編部分は確かにありますが、褌の締め方も入れるなど、かなりコアな要素も盛り込み、初心者以上の人のための実用書としても意識しています。少なくとも過去に出版されたきもの本にはない要素を意図的に盛り込んだ、早坂流の男の和服読本としてまとめることとなりました。
タイトル
タイトルについては、発売直前まで決まらないものだそうで、実際後回しとなり最後の最後に出版社で考案して頂きました。HPと同じ「男のきもの大全」を最初は仮題にしていましたが、「大全」というのは百科事典的なイメージが強く、新書サイズの本に使うのはちょっと・・・ということで、しばらくは「男の着物」となっていました。その後、「着物」というのはどうも女性のイメージの方が強いということから、「男の和服」の方がカッコよさそうだということになり、最終的に、「男、はじめて和服を着る」となりました。曲の歌詞を書くときもそうですが、タイトルの選定というのは内容を書く以上に難しいものです(余談ですが、私は趣味で作詞・作曲も行いますので)。このタイトルには実は最初少々抵抗感があったのですが、何度も眺めていると、なんとなく馴染んではきました。また、章タイトルや各項の小見出しも、編集側と相談を繰り返しながら、最終稿となりました。そのようなわけで、自費出版とは違い、当然のことながら全て著者の意向が反映されるわけではないのです。
100%早坂伊織
編集側の希望に「100%早坂伊織を詰め込んだ本にしたい」という話があり、今回の本ではきもの仲間へのインタビューや、きもの有名人の紹介などは全く入れないことになりました。実をいうと、この機会に年賀状のCMに起用されていた中島みゆきさんとの対談コーナーを入れたい!なんて考えていたのですが、ギャラが高そうということであっさり却下。しかし今考えると、当初からページ数をかなりボリュームオーバーしていたため、ほとんどそんな余地のない構成でした。代わりといっては何ですが、私がなぜきものにハマッたかというお話を、HPでも触れていない私の子供時代からのきもの生活を振り返り、自伝的な読み物として最終章を設けています。イラストを描いて下さった方の感想によると、この部分が一番面白かったとか。初稿の見直し時に、編集の意向でこの自伝部分が長すぎると、約10ページカットしました。再編集作業は私の方で行いましたが、たしかに少々長かったようです(何しろ書籍の執筆は初体験でしたから)。それでも、ホームページには掲載していないプライベートストーリーをたっぷりお楽しみいただけます。
ほぼ全編書き下ろし
実は、ホームページを適当に整理して圧縮すれば本一冊くらいの内容にはなるだろうと結構簡単に考えていたのですが、これは大間違いでした。ホームページのデータ量は大きすぎて200ページ前後の書籍に収めるのは不可能だったこと、そして何よりもHPに掲載している文章は、やはりそのまま使うことができそうになかったことです。それで、構成も含めほとんど全てのページを本のために一から書き直しました。個人的には、文章を書くこと自体は嫌いではないので、なんとかなるだろうとタカをくくっていたのですが、実際書き始めると結構大変で、本格的に執筆を始めたのが9月になってからでしたから、今年の1月初めに全ページを書き終えたことを考えると、我ながらよく間に合ったものだと感心しています。本業とのかけもちですから、これは結構大変でした。文章を書き進めるという作業は、計画的に進めようと思ってもなかなかはかどらないもので、結局、土日や平日帰宅後の深夜作業となりました。ちなみに、400字詰めの原稿用紙に換算すると、全体でおよそ440枚の原稿量になります。先述の自伝部分を含めると、最終的には全体で当初提示した原稿の40ページ以上をカットしました。「はじめに」だけでも8ページあったので、一部を第一章に移動して、「はじめに」自体もカット。この方が、早く本題にたどり着けるので、読者の精神衛生上ベターなのだとか。もっとも、章自体の書き直しや、大幅な追加文などを要求されるよりもよぼど作業的には助かりました。ちなみに、そういう要求は今回全くありませんでした。
とにかく前向きな内容に
最初は、ひとつの章を割いて、HPによく寄せられるきものについての様々な悩みについて、私なりの見解と解決策を提示しようとしていたのですが、最終的にそれらは割愛することにしました。呉服屋が怖いとか価格の問題とか着るのが恥ずかしいとか、かならず出てくるこれらの問題は、もしかすると全く新しいきものユーザにとっては、予想もしていない事実であるかも知れず、そうした話を読むことで、かえって構えてしまうことになるかも知れないと思ったからです。このHPの読者の皆様には共感を得てもらえるようなことも、敢えてもう書かない方がスッキリするような気がしました。それでも、全く触れていないわけではありませんが。それから、今回の本では、特定の呉服店を取り上げて紹介するような内容は意図してカットしています。代わりに、巻末付録として「男のきもの取り扱い店一覧」を付けました。理由は、全国の呉服屋さんにも積極的に情報として活用して頂きたいからです。たとえば、着付けの方法もバッチリ入れてありますから、男性の和服購入者へのプレゼントとして使ってもらえるといいなあと。やはりビジネスとなるとこういう戦略?もついつい考えてしまうのです。実は、ホームページで過去に実施したアンケート結果もその一部をコラムとして掲載する予定だったのですが、これも編集の意向でカットすることになりました。でも、最終的には私自身も納得承認済の内容として仕上がっておりますのでご安心下さい。出版社の編集はやはりプロの目で構成内容を検討して下さっているのです。当初のこってりした内容に比べると、スッキリとより読みやすくなっていると思います。また、文章の多くがひらがなを多用したものとなっているのも編集の判断によるものです。
渾身の一冊
本を書くというのはレッキとしたお仕事ですから、HPの数倍時間をかけて書き上げました。もちろんデータ的な裏づけなども極力調査して書いていますから、たいていの内容は間違ってないと思います(たぶん)。また、ちょっとした表現ひとつにも、多角的な視点で捉えなおし、読み手の印象を意識したシミュレーションを繰り返しながら、何度も手を入れて完成させました。文章を書くというのは、単純に文字を並べるだけの作業ではなく、書き手と読み手のインターフェース部分の構築に相当する作業であることを思い知ったような気がします。目で読むだけでなく、声に出して読んだときにも読みやすいよう極力意識して書いてもいます。じっくり読んで頂いても、なかなかわからない要素かも知れませんが、とにかくかなり綿密に組み立てた一冊のつもりです。でも、読むときは、音楽を聴くように、さらりと気持ちよくページをめくって欲しいと思っています。ともかく最善を尽くしたつもりです。現在までに少なくとも30回以上は読み返していると思います。編集上の理由により、何度も位置や表現を修正した箇所もありますが、少なくとも書きっぱなしの部分はありません。けれどもそれは、ほんとうに楽しい作業でした。読者のみなさまにも、楽しんでお読み頂けることを願っております。
最後まで大変!
本を構成するメイン要素である「文章」は、出版社編集担当氏の意見を入れながら何度も構成や編集を重ね、どうにか自分でも納得できる形にまとまりましたが、他にもまだまだ本を構成する要素が残っているのです。まず、写真とイラスト。今回は着付けの説明図を全てイラストで描いていただきました。もちろんイラストはイラストレータさんにお願いしましたが、写真の方は一部を除き、今回ほとんど自前で撮影しなおしました。また、ページ数の関係で、極力必要最低限の点数に絞ったため、少々物足りないかも知れませんが、想像力を働かせて読んでもらいたいとも思います。なお、全てモノクロになりますが、HP未公開の写真も数多くありますのでちょっとだけお楽しみに(そんなに期待するような写真はありませんが)。それから、ほかに苦労したのがルビ(漢字のふりがな)入れと索引項目の拾い出しです。それほど難しい語句は使わないようにしたつもりなのですが、きものを知らない人には読めそうにないものが多く、頭から総チェックしました。また、索引項目の拾い出しも結構手間な作業だったのですが、索引項目は少なめになるかも知れません。これは、そろそろ総ページ数を確定する必要があったため、ページ数が本の厚さに影響するからなんです。というのも、本につける「帯」を先に作って印刷するそうで、厚さが変わると帯がピッタリしなくなって、刷りなおし!ということになるからだそうです。もうとてもそんな時間はないので、最終作業はいかに短時間で正確に総ざらえのチェックができるか、ということに全力集中です。出版社の編集さんも、思ったより大変なお仕事ですね。
最大の興味の的
いよいよ出版が現実のものとなり、正直なところ最大の興味の的は、やはり果たしてどれだけの人に読んでもらえるのか?です。サイドビジネスとしての収入を意識しないと言えば嘘になりますが、この本の出版が、単純に「発行部数=和服に興味ある人の数」として、潜在需要の数を初めてデジタルに確認できる、有力な手段となり得るからです。これはHPで探り続けてきたことのひとつでもありますが、ご承知のようにトップページに設置しているアクセスカウンタというのは、絶対数にはなり得ませんから、非常に興味あるところです。編集担当氏は、ベストセラーよりも大ロングセラーを狙いましょう、なんて言ってくれています。競合他書がほとんど存在しないため、願わくは、なんて思っていますが。無名のサラリーマンが初めて本を書き、出版にたどり着いた事例としては、スケジュール的にも実に調子よく運んだものと思います。出版社内部でも、多くの方に読んでいただいて、ほとんどの方が「面白い」と言ってくれたそうですから、既存のきものファン以外の読者の反応も楽しみです。きものの本で、万人に気に入ってもらえる内容の本を書くのは所詮無理ですが、一人でも多くの人に興味を持って読んでいただければと心から願っております。
全国の書店でお求め下さい
出版社の話によると、各都道府県の○○市規模の町にある有名書店であれば、新書コーナーに平積みされるとのことなので、比較的発見してもらいやすいかと思います。値段は、ページ数が280ページを超えることから、新書としては割高ですが、雑誌の月刊誌などよりも安価で手に取りやすいため、これまでのきもの本と違って、男性にも買いやすい本ではないかと思います。もちろん、女性の皆様にも是非読んで頂きたいです。値段以上の情報量はありますので、かなりお得です。もしかするとHPを読むより楽で役立つかも。紙メディアってやはり偉大です。ホームページとはまた違った影響力に期待しています。このページを読んで下さったのも何かのご縁です。ぜひ本屋さんでお求め下さいませ。
早坂伊織