和服との出会い

和服との出会い・・・というよりも、最初に興味を持ったのは、母が着物を着る姿を子供の頃によく見ていたことに遡ります。母は結構着物が好きでよく着ていましたが、父が着物を着ているのは見た記憶がありません。母が着物を着るのは面倒に見えましたが、なんとも着心地はよさそうでした。同じ頃、父と一緒によく見ていたTVの時代劇番組の影響も少なからずあったようです。また、家によく来るお坊さんの着物も気になってました。正絹の白いしなやかな着物と黒いスベスベ感のある法衣が、気持ちよさそうで触ってみたくてたまりませんでした。当時は、あの衣装を着てみたいがために、お坊さんになりたいと思ったくらいです。

あるとき(中学1年の頃)、「そんなに気持ちいいものなのか?」ということが確かめたくて、親がいない時に和ダンスの中を物色し、男物の着物を見つけました。結構柔らかい着物でしたが、おそらく大島紬だったものと思われます。洋服を脱いで着物を羽織り、見つけた兵児帯を適当に締めてみました。それは思ったより軽く、肌触りのよいものでした。けれども着付けはさすがにいい加減だったので、それ以上はよく覚えていません。父は着物を着ないということを知っていたので、その大島の着物はこっそり自分の部屋に隠しておき、親の目を盗んでは着付け方を工夫してみました。纏うたびに洋服にはない肌触りが私を魅了し、なんとか「正確に」着てみたいと思うようになりました。

その後も家中を密かに物色し、祖父の着物や紋付袴まで見つけ出し、それからというもの、和装関連のデータを集め(本や雑誌、時代物小説、TVの時代劇などの映像が中心でした)、帯の締め方を研究したり、家にはなかった角帯や男物の足袋をデパートの催事の特売などで安く買ってきたりして着物を着る「研究」をしたものです。さすがに補正のいらない体型ではなかったので、タオルを重ねて縫い合わせ、両端に紐をつけた専用の補正グッズをあれこれ自作してみたりもしました。やはり人に話すのは恥ずかしかったので誰にも聞けず、ただ一人でこっそりとやってました。今思えばちょっと変わった子供でした(笑)。

高校生になったとき、母にそれとなく着物の話を打ち明けて、ようやくウールの着物を一揃い買ってもらうことができました。親はお正月に着るために買ってくれたのですが、家にいるときは暇さえあれば着ていました。パジャマもやめて市販の寝間着を着て寝るようになり、受験の頃の冬は家に帰ると丹前に茶羽織で受験勉強をしていました。一緒に暮らしていた弟や父親も、別に何も言わなかったと思います。もっともその頃はほとんど家の中だけで着ていましたが。夏は浴衣か、祖父のもので丈が短いものでしたが、木綿や麻の単の着物があったのでそれらの着物を着ていました。当時は夏物の襦袢などは持っていなかたので、下着は洋服のものをそのまま着ていました。肌襦袢などの純和装肌着を覚えたのは大学に入る前くらいだったと思います。

こんな調子ですから、私の場合、お茶や剣道を習ったのがきっかけでもなく、子供心に芽生えた着物への好奇心から興味を持ち、実際に自分で着てみたいと思うようになりました。もちろん着方など誰も教えてくれませんので、最初は見よう見まねで和服を着ていました。今も昔もこうした環境は大差ないと思います。着物を着る機会がないと、一般的にはどうしても着てみようと思わないものでしょうが、和服を着るための特別な理由などわざわざ探す必要はないと思うのです。着物は「衣装」としても利用はされますが、何といってもその前に「衣服」なのですから。

※さらに詳しい少年期のエピソードなどを「男、はじめて和服を着る」(光文社)に収録しています。ぜひ書籍のほうも読んでみて下さい。