「男のきもの雑学ノート」著者インタビュー! 1999/07/25

「男のきもの雑学ノート」は、非常に数少ない男のきもの本の中で、ダントツの情報量と理解度が感じられる、正統派のきもの読本です。この度、この本の著者である、塙ちとさんに簡単なインタビューを取らせて頂くことができましたのでご紹介します。まだ目を通していない方はぜひ読んでみて下さい。なお、ご本人が恥ずかしがり屋さんのため、残念ながら本人写真の掲載はいたしません。

1.まずは自己紹介をお願いします。

福島県福島市で生まれ、法政大学入学のため東京へ。小学校から大学まで演劇研究会の部活に熱中。卒業後、絵本の出版社入社。以後、単行本、グラフィック誌、雑誌などの編集をするも、なぜか会社組織になじめず、フリーランス・ライターへ転向。母親が洋裁をし、きもの好きでもあったため、小さいときから裂の感触が好きでした。成人式の振り袖は拒否したのですが、たまたま見つけた地味な焦げ茶の刺繍半衿に強く惹かれ、それ以来、きものを着るようになりました。基本的に、自分の周囲を好きなものだけで固めたい、というタイプです。

2.「男のきもの」をテーマにした本を出されたいきさつを教えて下さい。

直接のきっかけは、ダイヤモンド社の編集・長井さんから依頼があったからです。長井さんは「サライ」(小学館)での記事「普段着の和服」を読んで、連絡をくださったとのことでした。女が「男のきもの」を書くことに、少々、無理が出るかと思いましたが、逆に、適度な距離をもって客観的に書けるのでは(きものの世界では、自分の「経験だけ」を重視して書いたり話したりする方が多いので)、と考えて引き受けました。

3.「きもの」そして「男のきもの」は、今後どのような方向に向かうと思われます

大ざっぱにいえば、二極展開に向かうと思います。礼装と普段着です。礼装はそれなりの必要があって残るでしょうし、普段着は今後、新しい形に向かってくれればいい、と。つまり、ファッションとして「自分の着たいように着る」人たちが増える、増えてくれればいいと願っています。きものを着る手始めとして。ただ、個人的には、「自分の着たいように着る」というのは、むやみに突飛かつ奇怪な着方を指していません。年をとってくると感じるのですが、何事も品格が大切だと思うからです。そして本当は、ケ(日常)のきものがあってこそ、ハレ(晴れ)のきものがあるわけで、ハレのきものだけでは不健康かもしれません。現社会環境を考えれば、きものは不便なものだとの説に頷かざるをえませんが、やはりケのきものから入って、自分流に着こなす楽しみを見つけること、に尽きるのではないでしょうか。

4.当ホームページをどのように思われますか。

情報量が多く、呉服業界の宣伝でもなく、「ひたすらきものが好き」という感じが伝わり、好感がもてます。アクセスが多いのも頷けます。インターネットのよさが如実に出ていると思います。この次の段階にも、おおいに期待しています。

5.本の中で書き足らなかったこと、これだけは伝えたいことなどありましたらお願いします。

書き足りないことはたくさんあるのです。同時に、知りたいこともたくさんあります。なぜなら、すべての「モノ」には、その背後に歴史が潜んでいるからです。たとえば、雪駄の畳表や和傘にはサラリーが充分に支給されず食えなくなった武士の涙が隠されているでしょうし、精緻な献上品の陰には一生、身につけることもなかった作り手の庶民の涙があります。そんな歴史の一端を知ろうとする姿勢を忘れないように自戒しています。閑話休題。きものは「楽しい!」と、ほんとに感じています。不便な点は多々あります。それでも、「着たい」という気持ちが先行します。義務的に、毎日着なくちゃ、と思う必要はありません。着たいときに着る。きものに対して、そんなラフな心持ちで接してください。

6.最後に読者の方へのPRなどをお願いします。

どうぞ、この本を踏み台にして、次なるステップに!

はなわ・ちと


塙さん、お忙しい中どうもありがとうございました!